デニ・ムクウェゲの経歴や結婚していて家族はいる?妻や子供の画像は?

デニ・ムクウェゲ

コンゴ人の医師で、2018年ノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲさんは、内戦で性暴力を受けた女性たちの治療を続けてきました。

 

そんなデニ・ムクウェゲさんは、どんな経歴をおもちなのでしょうか?

 

また、デニ・ムクウェゲさんは結婚や家族の事も気なりますし、妻や子供はいるのでしょうか?

 

デニ・ムクウェゲさんが、妻や子供と一緒に写った画像があればお届けして行きたいと思います。

デニ・ムクウェゲさんの経歴

デニ・ムクウェゲさんの経歴などから見て行きます。

デニ・ムクウェゲさんは、コンゴ民主共和国(かつて存在したベルギーの植民地)のペンテコステ派宣教師の家庭に生まれました。

 

1955年3月1日に生まれたデニ・ムクウェゲさんは、9人兄弟の3番目で、2018年10月現在の年齢がの63歳です。

 

デニ・ムクウェゲさんは、産婦人科の医師として、様々な経歴を残して来ました。

 

現在までに、数えきれないほど名誉ある賞を受賞したきましたが、いったいどんな経歴をお持ちなのでしょうか?

デニ・ムクウェゲさん医師としての経歴

デニ・ムクウェゲさんが、医学の世界の入ったのは1976年に、東アフリカの内陸に位置するブルンジ共和国の大学に座席してからのことでした。

 

それからは、スウェーデンで奨学金を受けながら産婦人科の勉強を初め、地域の病院に務めるなど多忙な日々を送ってきました。

 

そして、1984年に医学の学位を取得し、1999年には故郷コンゴでパンジ病院を設立しています。

 

デニ・ムクウェゲさんが、産婦人科を目指した理由は、故郷のコンゴでは専門的な治療を受けることが出来ず、出産時に合併症を起こしてしまう女性たちが多くいることをしったからだそうです。

 

パンジ病院設は、コンゴ民主共和国の丘の上にある病院で、設立当時は電気も満足に供給されたおらず、手術に必要な麻酔も不足している状態でした。

 

現在のパンジ病院の様子

パンジ病院

それからデニ・ムクウェゲさんは、故郷の内戦でひどい扱いを受けた女性たち3万人の治療をすると同時に、精神的に受けた傷の治療にも専念されました。

 

多く女性を助けてきたデニ・ムクウェゲさんは、沢山の賞を受賞しています。

デニ・ムクウェゲ受賞式の画像

まず、2018年に受けたノーベル平和賞は、日本でもニュースになったのでご存知かと思います。

 

デニ・ムクウェゲさんがこれまでに受賞した賞は、数え切れないほどありますので、主な経歴のとなるものだけをご紹介しておきます。

 

 2008年:国連人権賞

 2009年:レジオン・ドヌール勲章

 2013年:ライト・ライブリフッド賞

 2014年:ヒラリー・クリントン賞

2015年:サハロフ賞

2016年:ソウル平和賞 

 

デニ・ムクウェゲさんが受賞した賞は、ざっとこんな感じです。

 

2009年に受けた「レジオン・ドヌール勲章」などは聞いたことがありませんが、「名誉軍団国家勲章」とも言われフランスでは最高勲章だそうです。

 

多くの人を助けた経歴をもち、沢山の名誉ある賞を受賞したデニ・ムクウェゲさん。

 

後ほどご紹介しますが、暗殺をされそうになったことがあって、妻や子供を守るためにしばらくパンジ病院を離れます。

 

デニ・ムクウェゲさんがいなくなった事で、パンジ病院は大きな打撃を受けたと言われています。

デニ・ムクウェゲさんは結婚して家族はいる?

経歴の章で、「妻や子供を守るために」という事をお伝えしましたのでおわかりだと思いますが、デニ・ムクウェゲさんはご結婚されて家族も子供もいます。

デニ・ムクウェゲさんにの子供は二人いてどちらも女の子だそうです。

 

こちらの画像で一緒に写ってる女性が、デニ・ムクウェゲさんの妻だと思われます。(名前まではわかりませんでした。)

デニ・ムクウェゲの妻

デニ・ムクウェゲさんが子供と一緒に写ってる画像は見当たりませんでしたが、一般に公開するのは危険であると事が、後にご紹介する内容からわかると思います。

 

そして、デニ・ムクウェゲさんは自分の家族だけを愛するのではなく、故郷のコンゴで治療をしてきた多くの女性たちの事も家族同様に思っているとても心のやさしい人です。

デニ・ムクウェゲさんの妻と子供について

デニ・ムクウェゲさんには妻や子供がいますが、以前ご自身と子供の身に危険が迫った事もあって、とても心配をしています。

 

二人の子供さんはどちらとも娘さんですから、内戦で被害になった女性たちと同じ目に合うなんて事を考えると、やりきれない思いだったのではないでしょうか。

 

だから、内戦で被害にあった女性たちのことを、自分の妻や子供と同だと言われるのもわかります。

 

2014年に「サハロフ賞」を受賞したときの演説でのデニ・ムクウェゲさんが言った言葉です。

 

「私はレイプされたすべての女性に、自分の妻や母や娘の姿を見ている」

 

デニ・ムクウェゲさんは、被害を受けた女性たちのことを妻や子供と同じように想い続け、これからも自分ができる事を精一杯やっていくつもりだと思います。

デニ・ムクウェゲさんと妻や子供に迫った危機

デニ・ムクウェゲさんは、一度暗殺されかけています。

 

2012年に国際連合で行った演説で、ルワンダ共和国とウガンダ共和国の事を批判するような内容が含まれていたそうです。

 

その時に演説の様子がこちらです。

その演説が直接の原因かどうかは分かりません。

そして、何を言ってるのか?外国の言葉がわからないので、何ともいえませんが、この演説した翌月に武装した4人の男たちに自宅を襲撃されました。

 

デニ・ムクウェゲさんが海外旅行から自宅に戻ると、拳銃を持って自分を待ち構えてる4人の男の姿が見えたそうです。

考え得ただけでも恐怖です。

 

そして武装した男たちは、デニ・ムクウェゲさんを車から引きずり下ろし、娘さんを人質しながら発砲してきました。

 

デニ・ムクウェゲさんは、なぜか銃弾をかわす事ができたようですが、一緒にいた警備員の方が撃たれて亡くなっています。

 

すぐに、武装した犯人たちは逃走し暗殺は失敗に終わったとされていますが、その後の犯人たちの行方はわからず捕まっていません。

 

デニ・ムクウェゲさんは、まさか命まで狙われるようになるとは思ってもいなかったでしょう。

 

そして、これから先の妻や子供のことが心配になり、家族を連れて、スウェーデンやベルギーに約3ヶ月ほど亡命をされました。

 

亡命している間もデニ・ムクウェゲさんは、なぜ自分や家族が命を狙われなければ行けないか?

 

自分は、人を助けようとしてるだけなのに・・・

 

そんな疑問をいだき続けながら、デニ・ムクウェゲさんは故郷のパンジ病院に残してきた女性患者たちの事も心配でしたし、反対に患者さんたちも戻ってきて欲しいと願いう日々が続きます。

 

亡命先で資金がそこをついてしまった、デニ・ムクウェゲさん一家は、故郷に戻りたくても移動するためのお金がなかったそうです。

 

それを知ったのかどうかは不明ですが、デニ・ムクウェゲさんの帰りを待つ故郷の女性たちが、自分たちが作った農作物を売ってお金を作ったそうです。

 

そのくらい、デニ・ムクウェゲさんは故郷の女性たちから必要とされてる人物だと言うことがわかります。

最後に

今回は、デニ・ムクウェゲさんの経歴から見てきました。

 

そして、家族についての内容では、妻や子供のこともみてきまいした。

 

デニ・ムクウェゲさんは、この度ノーベル平和賞を受賞ましたが、経歴などを見るとそれに相応しい人だと思いました。

 

実を言うと、デニ・ムクウェゲさんを初めた時印象は、怖い顔だなっと思ってしまい、何か犯罪を犯した人だと決めつけてしまいました。

 

でも、本当は人思いで心のやさしい人だったのですね~

 

コンゴ民主協和国の国民だけでなく、世界中の人々もきっとデニ・ムクウェゲさんのご活躍を見守ってると思います。

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